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人気のない夜陰の廃屋で何やら企みごと中の怪しい顔ぶれが、これありて。
それだけならば、もしかして危険な取引や謀議の相談なのかもと、
君子でなくとも危うきに近寄らなかったところだが。
たまたま目撃しちゃった不良仲間の証言によれば、
何の仕掛けもないのに、人や物が消えたり現れたり、
震え上がって逃げる途中、仲間内の何人かが姿を消したのがそのままになってたり。
そんな恐怖体験が基になってる話だったので、
単なる伝え聞きの薄っぺらい噂や風評ではないとされ、
一部コアな層に広まってたらしい今回の摩訶不思議な失踪事件。
行方不明者探索という格好の依頼を受けた探偵社としては、
駐車違反のまま放置された車たちという糸口から辿った代物だったが、
「何でも、攫われた甚六の中に、
自分にひどいことしたらパパが黙ってないとかどうとか、
見当違いにも空威張った奴がいたらしくてね。」
まあ其奴も例外なく“ナマ言うんじゃねぇ”ってボコられたらしいんだけど。
そっか名士の子が混ざってるんなら、実家へチクって金をせびれるかななんて
大きい得意先を失う危険を想えばと慎重に構えてた上の意も知らず、
目先の小金に目がくらんで欲張った奴が出て連絡してきた奴がいてねと。
情報統括組を指揮し、ヨコハマから一歩も動かなかった乱歩さんが、
混ぜると色の変わる練り菓子を
ざりざりさりさり、おまじないみたいに練りつつ話してくださって。
「そいつを逆に釣り上げれば攫われた顔ぶれの監禁場所も辿れるかもって、
軍警の方ではチームを組み始めてたらしいんだけどもね。」
貴女たちが搾り上げて訊き出した廃ビルと、
その近辺の古倉庫で被害者たちをほぼ押さえられたのは幸いだった。
足がつかないようにって、外洋航路の漁船船員から外ツ国系の売春窟への強制売買まで、
機動力のいい“伝手”に下げ渡してたらしいから、
1日でも遅ければあっという間に“運び出されて”ただろう助かったよと、感謝もされたけど
「あれって全員じゃあないんでしょう?」
「ええ。共同作戦になった見返りにって、
マフィア陣営へ依頼があった筋の坊ちゃんやお嬢ちゃんは
先に引っこ抜いて帰らせました。」
正義と理想の国木田女史としては
そういう“作為”を差し挟むのは はなはだ不本意だったようだが、
マフィア組との共闘態勢となった以上、
こちらの都合ばかりを優先させるという訳にも行かなんだ。
よく言って“大人の事情”というやつだ。
「今回も難なく一件落着だね。
ウチは堂々と功ありとは名乗れないけど、種田長官辺りは鼻高々だったらしいし、」
「というか、乱歩さん。」
ちろりんと、やや眇目になってそんな言いようをする名探偵様へ物申したのは、
国木田さんではなくの、意外や太宰さんの方で。
「堅物な国木田くんを私が言いくるめるだろと見越しましたね。」
武装探偵社が、いやさ、日本が世界へ誇る究極の叡智。
脳には糖分しか巡らないからか、甘いもの大好きな名探偵、
1年365日、何時でも頭脳明晰な江戸川乱歩嬢が
今回の依頼案件にあたり、実働班と共に現地へ赴かなかったのは、
いちいちその身で確認するよなフィールドワークしなくとも
何でもお見通しだから…というのは建前で、
「心霊現象云々なんて嘘に決まってる下らない…とかどうのとかいうのじゃあなく、
蚊とか蛾とかムカデとか、そういったのに襲撃されるのがイヤだったからですね。」
「ピンポ〜ン♪」
だってロクな宿泊所もないっていうじゃないか、
そんな不便なところに何でこの私がわざわざ…とさも当たり前な運びだと言いたげな澄まし顔。
「いいじゃないか。
間が良いことにポートマフィアの頼もしい助っ人と合同であたれたっていうし。」
「そこも読んでたんでしょうに。」
「ピンポ〜ンピンポ〜ン♪」
◇◇
実際、その助っ人さんが醸す殺気のおかげで、なかなかすんなりと収まったとも言えて。
荷でも人でもその身へ収納できるというとんでもない異能を相手に
無差別誘拐犯として召し捕らんとした今回の騒ぎの終盤に、
相手を睨み殺せるんじゃないかというほどもの殺意を乗っけた怒気を発揮したのが、
他でもないマフィア幹部の中原中也嬢。
『むう、どこからか涼しい風が。』
『国木田くん、それ、あのマフィアさんの撒き散らかしてる殺気だから。』
結構な長さも重さもあろう平均台を木刀扱いでその手に掴み、
鬼気迫る様相で詰め寄らんとしていたマフィアの幹部様だったのへは、
その肩書を言うまでもなく相手も戦意喪失してしまい、
『よくも俺のかわいい敦に怖い想いをさせやがったなっ 』
そんな言い方したくせに、駆け付けた異能特務課と軍警の担当者へ一味を引き渡すのを尻目に、
幼子みたいにその敦嬢へぎゅうぎゅうと抱き着いて、なかなか剥がれなかったお姉様だったりし。
“まあ、私としてもあの中也の取り乱しようには便乗させてもらったクチだしね。”
もうすでに結構戦意はへし折れていたとはいえ、
自分だって大切な姫子を、その眼前で攫い込まれてしまった身。
一気に血が引いたよな気がしたそのまま、その反動のように かあっと得体の知れぬ憤怒の焔が熾きて、
“手足の爪を剥いで両目に突き立て、
喉を潰してから床へ総身を貼りつけて、
全身の骨を余すことなくヒールで踏んで砕いてやったほど腹が立ってたのに。” (おおう)
もっと判りやすく怒っていた存在があったので、
却って落ち着けたその上で、テキパキと話を運べもしたという順番だったのであり。
“……。”
相変わらずに自分とは真逆で、それは判りやすい直情型。
敵に弱点を知られやすいから直した方がいいのだが、
なんの彼女の場合
脅しすかしや搦め手を使われる暇も与えず、
目の前の相手をひねり潰せる雄々しさも兼ね備えているので問題なさそうなほどであり。
“そういうところも、正統派の強さなようでむかつくのだけどもね。”
頭を使わないわけじゃあない。罠を仕掛けて誘い込む策もこなせる冷静な面もある。
それに色々と物知りでもあり、
風流なあれこれ、先達や養い親から聞いたそれ以上に 自分でも調べて身に添わせており、
「……。」
ちらり見やった自分の愛し子へも、
その手許に守ってた間にあれこれ話しかけて絆したついで、
季節の趣きがらみの風流なあれこれを語り聞かせていたらしく。
雷雨が来る前の金っ気の匂いとか、揚げ雲雀の声の話とか、
『芥川から聞きましたvv』
そういうの詳しいのがお姉ちゃんみたいで頼もしくてなんて敦嬢が嬉しそうに語っていたが、
そこは太宰の方が心得ていること、
自分から好奇心に突き動かされるタイプじゃあない子だけに、
それもこれも中也からの日頃話の中で学んだに違いなく。
“だってのに。”
先の冬のとある夜。
暖を取る手はなくはなかったれど、
小さな肩を引き寄せて、寒夜にひとつ毛布にくるまってたおり、
何とも雰囲気ある佇まいだったことへ、柄じゃあなかったがついついロマンチックにも
『まるでクリムトみたいだね。』
ふと思ったこと、つい口にした師匠様だったのへ。
甘いお声での耳元での囁きだったのがくすぐったかったか、
仔猫のように小さな肩をちぢこめた愛しい少女は、
含羞みつつも少し考えてからという間を置いてののち、
『…露系の銃器のようですか?』
窓の外に吹く風の音のたとえかなと、何とか答えをひねり出したらしいのが、
ああしまった、そっちの蘊蓄は押し込んでなかったかと、
中也からの感化に比して、自分からの影響力の薄さを思い知らされたものだった。
“まあ、そういった物騒な話しかしなかったのも事実だしなぁ。”
マフィアに居たころの“太宰さん”は
禍狗姫にはあくまでもおっかない上司であり、血も涙もないほど厳しい師匠だったのだ。
武骨で冷徹なばかりな戦術や武器の話は山ほどしたが、
絵画にまつわるやわらかい無駄話なんてしやしなかったものなぁと、
自業自得とはいえ、あの小さな元相棒との把握のされようの差に歯噛みしたもので。
無論、今では、
「ビュッフェ、購ったのですか?」
帰る前にスマホでスイッチ入れておいたエアコンの涼しさに息をつきつつ、
リビングの壁に飾ったリトグラフを見て、そんな風に気づくほどには、
感性に添うた語彙や何やも随分と均されて来ているけれど。
探偵社の寮ではなくの、いくつか残しておいたセーフハウスへ
暑い中を出歩くのは勘弁とそそくさ誘ったムードの無さなのは今更な話。
そちらも蒸し暑い中を歩くのは億劫だったか、
不平の気配は一切ないままについて来た黒の姫の一言へ、
「うん。私もキュビズムだ具象絵画だはよく判ってないのだけれど。」
印象派とか写実主義の分かりやすい精緻な絵だと、その繊細さにもすぐ飽きてしまうのでと、
そんないい加減な説明をしたところ、ふうんと感じ入ったような声を出してから、
「じゃあ、理解しようとしない方がいいのですね。」
そんな言いようをするのが何とも可愛い。これが他の人間の言だったなら、
…それって、私を差し置いて判ってしまっては僭越だとか思ってのことかな?
という程度のへそ曲がり発言をしたかもしれないが。
そんな意地悪ばかりしていては、かつてのように余計な委縮を招くから今は無し。
関心はあるものか、口許へ白い指先を当てて、
輪郭がやたらくっきりしたベニスの街並みと水路のスケッチを眺めている。
口角が上がっている辺り、宿題なしで助かったというよな気配がありありしていて、
そういうところ、もしかして敦嬢から影響されてないか?と思わせもする。
何かにつけ一歩下がられるのはかなわないから大きに結構。
とはいえ、この自分じゃあない人からの感化というのはちょっともぞりとしないでもなくて。
いつか訊いてやろうと思っちゃあいるが、今はそんなつや消しな話は置いときたい。
「ほら、帽子を貸しなさい。髪が蒸れちゃったんじゃあない?」
にこりと笑った麗しい御師様から促され、
あややしまったと肩を跳ねさせ、
それもあの虎の子ちゃんのお見立てか、
こちらは黒いカンカン帽を
外套掛けのポールの傍に居た姉様へお願いしますと差し出せば、
「隙ありっ。」
「……っ。////////」
帽子を通り過ぎての手を捕まえられ、
ぐいと引っ張り込まれたやさしい空間は、
4年前には到底近づけなんだ、師様の懐。
淑やかな花の香りと、それから
ちょっぴり意味深な淡いムスクの香の入り混じる、
シャツ越しでもその豊満で柔らかな感触が伝わる胸元への接触は、
女同士でもちょっぴり恥ずかしく。
「あ、あのっ。/////////」
「やーよ、そのままくっついててちょうだい。」
離してと言われること見越したか、
そして、これは自分の我儘だと言いたいか。
手際よくも細いうなじにするりとすべり込ませていた手を添えると、
もう片やは腰へと巻き付け、
間近になった…少しクシャリと乱れたまんまの細い質の髪に鼻先を突っ込んで、
「私の我儘は昔からちいとも変わってないのだよ。
なかなか直せそうにないようだから、我慢しておくれね。」
もしょりと囁いたお声が、あのね?
余裕があれば低めての甘く囁くところ、
ちょっぴり上ずっていたのがらしくなくって。
「………はい。/////////」
可愛いなんて言ったら叱られるかな、
いやいやもっと照れるかしら。
どっちにしたって…何か嬉しいなと。
大好きな師匠様のふくよかなお胸へ頬埋めて、
うっとり甘え甘やかしてのひとときにひたった黒の姫様だったのでした。
to be continued.(18.06.15.〜)
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*事案自体の後始末もありましたよね。
そこんところとそれから、二組のデートの模様もちょこちょことvv

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